処女はお姉さまに恋してる2

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    『処女はお姉さまに恋してる ~2人のエルダー~』2010年6月30日発売予定!

2008年9月28日 (日)

ジェネレーションギャップなのかもしれない何か

もう25年くらい前の話だ。

私はPCのゲームにはまっていた。PCといっても、CPUは8bit。動作周波数は4MHz弱、メインメモリは64KB。。そんなんで出来るゲームなんてたかがしれていた。キャラクターに使える色数は8色。ビットマップグラフィックは無く、音も単音しかならなかった。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm243676
だいたいこんな感じのだ。

こんなのでも当時の私には面白かった。画面の向こうの未来が確かに見えたのだ。

だけど傍らの親は「そんなもののどこが面白いのか」という渋い顔をしていた。試しに親にもプレイさせてみたが、やっぱり「これのどこがどう面白いのかさっぱり分からない」と言って笑った。私は「頭の固い親にはこのおもしろさが分からないんだろうな」とか思った。まぁ、親に対して失礼な話ではある。

なんでこんなことを書いているのかって? いろんな意味で話題沸騰の携帯小説『あたし彼女』を読んだからだ。

『あたし彼女』 kiki著
http://nkst.jp/vote2/novel.php?auther=20080001

この作品、ネット上の評判は散々である。『恋空』や『Deep Love』もそうだった。曰く「あんなの小説じゃねぇよ」「これで賞金200万(笑)」「スイーツ(笑)にも程がある」。いくらでも悪口雑言が飛びまくっている。

でも、話のネタにと思ってちょっと読んでみた。

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アタシ

アキ

歳?

23

まぁ今年で24

彼氏?

まぁ

当たり前に

いる

てか

いない訳ないじゃん

みたいな

彼氏は

普通

てか

アタシが付き合って

あげてる

みたいな

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ああ、確かにひどい。苦笑した。句読点が一個もない。「みたいな」なんて言っている蓮っ葉な主人公を一人称視点で書いているのがどうにもこうにも腹が立って仕方がない。え? こんなのが429ページもあるの? 耐えられないよ。最後まで読むのなんて無理無理。

そう思ったのだけれども、そのときの私はヒマだった。ああ、全部読んださ。あっという間だった。20分もかからなかったと思う。そして最後まで読んだ感想はやっぱり「これで200万か」だった。携帯小説にありがち(だといわれている)な、セックス、妊娠、流産はやっぱり出てくるし、主人公はどう見ても自己中心的で最後まで好きになれなかった。

だけどね。言われているほどひどくもないとも思った。妙な生々しさを感じたのだ。で、気がついた。あ、これは日記もしくはブログと思って読めばいいんだろうな、と。蓮っ葉で今時な女性が日記やブログを書けば、確かにこんな文体になるのだろうし、日記やブログであれば心理描写や地の文が殆ど無いのも理解できる。日記やブログだと思えば、それを書いた人の気持ちとか、その時々の出来事を自分の頭の中で適当に補って読むのも苦にならない。

恋人(トモ)が主人公(アキ)を親に紹介するシーンがある。

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『トモ大丈夫なの?』

『何が?』

『だってカヨさんとそっくりじゃない』

『まぁ…』

『無理して付き合ってるんでしょ?』

『違うよアキはいい子だよ』

『トモお前無理して付き合う事ないんだぞ?』

『無理なんてしてないよ』

『でも正直母さんは嫌だわ。カヨさんに見えるもの。カヨさんが可哀想で』

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このカヨというのは、恋人の死んでしまった元の彼女だ。このシーンを読んだときは正直やられたと思った。日記的、ブログ的であるからこそ、こんなシーンがやけに生々しく感じられてしまうのだ。

私ですら妙な生々しさを感じたのだから、作者と同年代の娘達であれば、自分たちがいつも使っている言葉で書いてあるこの作品にリアルを感じとる事すらできるだろう。ステレオタイプな部分を削り、もう少し内容を練れば、携帯小説は小説じゃない新しいタイプの表現として、十分通用するようになるんじゃないだろうか。

これを小説と呼ぶのは、小説にとっても携帯小説にとっても、そして双方の読者にとっても不幸だ。新しいタイプの何かとして、新しい名前を付けるべきなのだろう。新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。織りたての布で古い服に継ぎを当てることはしない。そういう事なんだとおもう。

『あたし彼女』を読んでいる私たちは、テレビゲームの何が面白いのか分からないと言っていた親たちと同じ顔をしているのだろうか。そして、携帯小説を読む娘達は私たちを見て「頭の固い親父共はなんでこのおもしろさがわからないんだろう」と思っていたりするのだろうか。

携帯小説を読んで「くだらない」と一笑に付するのは簡単だ。

私たちの親が「くだらない」と笑ったコンピュータゲームは、今や日本が世界に誇る文化の一つになった。私たちが「くだらない」と笑っている携帯小説がそうならないなんて、誰が言えるだろうか。

そんな事を考えて、脈絡なく書き散らしてしまった。よっぱなので、多分いろいろてけとーだがゆるしておくれ。