エンタテインメント作品というモノは、ともかく人を楽しませなくてはならない。
ゲームだろうがアニメだろうが映画だろうがラノベだろうが、ドタバタ活劇であろうがストーリーもくそもへったくれもないアクション映画だろうがエロエロばかりのエロゲーだろうが、何のことはねぇ、客を楽しませるためだけに存在するのである。作品の内容のなにもかもが人を楽しませるために作られなくてはならない。メッセージ性? 崇高なテーマ? そんなもの捨ててしまえ。要するに「純文学作品にあらず。メッセージ性? 崇高なテーマ? そんなものは他に任せておけ。人を楽しませること以外に1ドル1セントだって使うな」である。
ある程度成功した制作者は何故か「崇高な」とか「テーマが」とか言いだしたりする。で、そんな制作者の作ったものが面白かった試しが無い。「あの○○は××なんてテーマが秘められているんですね」なんて持ち上げたりするマスコミやら評論家や、クソ面白くもないのにやたらありがたがって見に行く客が悪いっちゃ悪いのだが、そうこうしているうちにどんどん袋小路にハマっていって、箸にも棒にもかからないモノしか作れなくなっていく。あー、あのドタバタ活劇を作っていた頃のあなたは輝いていたのに……である。
というわけで、面白くないエンタテインメント作品には価値がない。如何に崇高なテーマを掲げようが、作画が良かろうが、異様に良く動いていようが、駄目なモノは駄目なんである。
あー、前振りが長かった。おとボクアニメである。
http://www.starchild.co.jp/special/otome/
ゲームのシナリオライターがアニメ制作サイドをあれこれと非難したり、声優が(これまたアニメ制作者サイドの都合で)変更になっていたり、監督がとかく評判の悪かったD.C.S.S.の名和宗則さんで、さらにシリーズ構成も同様にD.C.S.S.の長谷川勝己さんだったり(もっともD.C.S.S.自体が無茶な企画だったわけで、あれで面白く作れという方が無理なんだが)と、あまり良いとは言えない情報ばかりだったこともあって、ネガティブな前評判ばかりが立っていた。そんなこんなで過剰な期待なんてさらさら無かったのが良かったのだろう。第1話の放映を終えた今、意外と評判は良い。
原作至上主義者の方には申し訳ないが、声優変更ってのも良い方向に作用しているのではないか。原作はあくまでエロゲである。で、エロゲを日常的にプレイしている自分とかはどうにも感覚が麻痺しているきらいがあるのだけど、一般の人(エロゲ原作のアニメを見る人が一般の人かどうかの議論はともかくとして)のエロゲに対する拒否反応というのは結構なものがある。それをアイドル声優というオブラートで上手く包んでいる……そう思える。
……まぁ、怪我の功名というかなんというか……なのだけど(←多分用法間違ってます)。
それ以外にも原作の味わい、ネタを精一杯使って客を楽しませようという姿勢がきちんと見えたのは収穫といえるだろう。どうせだから、原作という枠を意識せずに精一杯のおもしろさを詰め込んで欲しい。原作を大事にするのは結構なことだが、それに縛られちゃいけない。原作ファンの声? 面白ければ結果オーライだ。人間なんて曖昧適当なもんだから、きっちり面白ければ大抵問題なく受け入れるもんだ(原作通りじゃないと駄目とかいう奴もいるにはいるが、それじゃ進歩も何もあるめい)。もちろん、原作を弄りすぎて面白くも何ともないモノになった日にはそれなりの報いを請けるだろう事は覚悟しないといけないだろう。それでも精一杯努力した跡が見えるならワシは許す。うん、許そう。
え? 前振りに意味はあるのかって? あるよー。深遠で崇高なテーマが(w
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