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Thrushは『とらドラ!』アニメ版を応援しています

←なんとなーくblogパーツをはっつけてみたんだぜ?

お姉さまのミルフィーユの後書きにも書いていますが、わしゃ勝手に竹宮ゆゆこ先生を師匠とあがめております。『とらドラ!』がなければ、SS書きとしてのワシは居なかった……そう思うのです(本当)。そして、今日もたらこスパゲッティをたぐる手が止まりません(コレは嘘)

そんなとらドラ!アニメ版。テレビ東京系で明日から放映開始です。
http://www.starchild.co.jp/special/toradora/onair.html

楽しみだけど、出来がちぃと怖い。怖いモノ見たさとウキウキが同居しているワシの脳みそが

ティウンティウン


と唸っております。爆発しそうです。ええ。なんとかしてくれ。


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コミックから入ってよし! 原作のラノベから入ってよし! どっちもおすすめ。そのうちレビュー書こうかねぇ。

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ジェネレーションギャップなのかもしれない何か

もう25年くらい前の話だ。

私はPCのゲームにはまっていた。PCといっても、CPUは8bit。動作周波数は4MHz弱、メインメモリは64KB。。そんなんで出来るゲームなんてたかがしれていた。キャラクターに使える色数は8色。ビットマップグラフィックは無く、音も単音しかならなかった。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm243676
だいたいこんな感じのだ。

こんなのでも当時の私には面白かった。画面の向こうの未来が確かに見えたのだ。

だけど傍らの親は「そんなもののどこが面白いのか」という渋い顔をしていた。試しに親にもプレイさせてみたが、やっぱり「これのどこがどう面白いのかさっぱり分からない」と言って笑った。私は「頭の固い親にはこのおもしろさが分からないんだろうな」とか思った。まぁ、親に対して失礼な話ではある。

なんでこんなことを書いているのかって? いろんな意味で話題沸騰の携帯小説『あたし彼女』を読んだからだ。

『あたし彼女』 kiki著
http://nkst.jp/vote2/novel.php?auther=20080001

この作品、ネット上の評判は散々である。『恋空』や『Deep Love』もそうだった。曰く「あんなの小説じゃねぇよ」「これで賞金200万(笑)」「スイーツ(笑)にも程がある」。いくらでも悪口雑言が飛びまくっている。

でも、話のネタにと思ってちょっと読んでみた。

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アタシ

アキ

歳?

23

まぁ今年で24

彼氏?

まぁ

当たり前に

いる

てか

いない訳ないじゃん

みたいな

彼氏は

普通

てか

アタシが付き合って

あげてる

みたいな

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ああ、確かにひどい。苦笑した。句読点が一個もない。「みたいな」なんて言っている蓮っ葉な主人公を一人称視点で書いているのがどうにもこうにも腹が立って仕方がない。え? こんなのが429ページもあるの? 耐えられないよ。最後まで読むのなんて無理無理。

そう思ったのだけれども、そのときの私はヒマだった。ああ、全部読んださ。あっという間だった。20分もかからなかったと思う。そして最後まで読んだ感想はやっぱり「これで200万か」だった。携帯小説にありがち(だといわれている)な、セックス、妊娠、流産はやっぱり出てくるし、主人公はどう見ても自己中心的で最後まで好きになれなかった。

だけどね。言われているほどひどくもないとも思った。妙な生々しさを感じたのだ。で、気がついた。あ、これは日記もしくはブログと思って読めばいいんだろうな、と。蓮っ葉で今時な女性が日記やブログを書けば、確かにこんな文体になるのだろうし、日記やブログであれば心理描写や地の文が殆ど無いのも理解できる。日記やブログだと思えば、それを書いた人の気持ちとか、その時々の出来事を自分の頭の中で適当に補って読むのも苦にならない。

恋人(トモ)が主人公(アキ)を親に紹介するシーンがある。

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『トモ大丈夫なの?』

『何が?』

『だってカヨさんとそっくりじゃない』

『まぁ…』

『無理して付き合ってるんでしょ?』

『違うよアキはいい子だよ』

『トモお前無理して付き合う事ないんだぞ?』

『無理なんてしてないよ』

『でも正直母さんは嫌だわ。カヨさんに見えるもの。カヨさんが可哀想で』

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このカヨというのは、恋人の死んでしまった元の彼女だ。このシーンを読んだときは正直やられたと思った。日記的、ブログ的であるからこそ、こんなシーンがやけに生々しく感じられてしまうのだ。

私ですら妙な生々しさを感じたのだから、作者と同年代の娘達であれば、自分たちがいつも使っている言葉で書いてあるこの作品にリアルを感じとる事すらできるだろう。ステレオタイプな部分を削り、もう少し内容を練れば、携帯小説は小説じゃない新しいタイプの表現として、十分通用するようになるんじゃないだろうか。

これを小説と呼ぶのは、小説にとっても携帯小説にとっても、そして双方の読者にとっても不幸だ。新しいタイプの何かとして、新しい名前を付けるべきなのだろう。新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。織りたての布で古い服に継ぎを当てることはしない。そういう事なんだとおもう。

『あたし彼女』を読んでいる私たちは、テレビゲームの何が面白いのか分からないと言っていた親たちと同じ顔をしているのだろうか。そして、携帯小説を読む娘達は私たちを見て「頭の固い親父共はなんでこのおもしろさがわからないんだろう」と思っていたりするのだろうか。

携帯小説を読んで「くだらない」と一笑に付するのは簡単だ。

私たちの親が「くだらない」と笑ったコンピュータゲームは、今や日本が世界に誇る文化の一つになった。私たちが「くだらない」と笑っている携帯小説がそうならないなんて、誰が言えるだろうか。

そんな事を考えて、脈絡なく書き散らしてしまった。よっぱなので、多分いろいろてけとーだがゆるしておくれ。

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湾岸コピペ

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…………

―――最近はどうですかおとボクって?

キツいね。PC版が出たばかりの頃やアニメが放映されたの頃のあの盛り上がりはもォないヨ。
おとボクの同人誌を出さなくなったサークルも目立つし、売れてもピークの時の半分か、下手すると1/3の冊数だもの。

――――原因は?

まず、おとボクをきっかけとした女装モノギャルゲーがブームだったってコト
それで入ってきた者をこの世界にとどめられなかったコト
同人屋にも問題はあったし、それを手に取る客にも問題はあった

たとえば数人で集まっておとボクの同人誌を作ったとしよう。即売会で内容を見て客は驚く

………。

エロゲのSS本なのに、エロも入っていない。それなのに800円もボラれたと

自分の頭でおとボクの内容や価値をきちんと考えたコトがないから、そのSS本がエロ無しになった事の意味がわからない。キチンとそれを説明しない同人屋、売れりゃいいと思っているだけの同人屋も悪い。
エロありといえば客が喜ぶと思うのか、エロしかなくて、どう見てもおとボクじゃなくても良い内容なのに、とりあえずおとボク同人誌として販売する。その場の売り上げを優先、長い目で客を見られない

………。

そしてオレ達。おとボク同人誌ばかりを作っている同人屋もダメ

おとボク同人誌のお約束、設定。 萌えの要素一つも変えず、まるでおとボクの世界はこれ以上深く掘り下げられないとばかりに、同じような内容の同人誌ばかりを作って来た。

ところが今のこの状況、すべてが悪いかと思えばそうでもないのヨ。
ハヤリの客は去り、愛のない同人屋は撤退する。
売り上げしか考えられない同人屋はさっさと方向転換、もうおとボク同人界には欠片も見えない。

パイは限りなく縮小しても残っているのは本気の奴ばかりだ。

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